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2025.11.17

まだ正解のない交通広告、
デジタルサイネージに夢を見る

市川晴華

年齢もキャリアも関係ない、フラットなアイディア勝負ができる場所

 東京メトロの広告媒体を活用し、新たな才能の発掘を目指す広告賞「Metro Ad Creative Award」。グラフィック部門・プランニング部門・デジタルサイネージ部門の3部門において、年齢・職業・国籍を問わず誰でも応募でき、2024年度開催においては1800件を超える作品が集まった。
 2025年度の公募が9月末に始まり、交通広告の可能性を広げ新たな価値を創造する作品との出会いに期待が高まるなか、デジタルサイネージ部門の審査員を務めるプランナーの市川晴華氏にインタビューを行った。

―まずは市川さんの経歴を簡単に教えてください。

最初に入社したCIRCUSという広告代理店で2年間プランナーとして働いたあと、読売広告社に入りました。8年間くらい在籍し、2022年に現在のCHOCOLATEに入社したという流れです。現在は、広告を中心にテレビCMからSNSまで幅広く企画を行っています。

―プランナーになりたいと思うようになったのはいつ頃ですか?

すごく早いんですが、中学2年生のときです。大貫卓也さんというアートディレクターの方の「プール冷えてます」という豊島園の広告を見て、こういう広告を作ってみたいと思ったのが始まりで、そこからは広告のプランナーの仕事に興味を持つようになりました。でも就職活動ですごく苦労して、早くから夢があったとしてもすぐに叶うわけじゃないんだなと、この世の難しさを実感しました。読売広告社に入ったあとも、しばらくマーケティングの部署にいて、クリエイティブの仕事にたどり着いたのはわりとつい最近なんです。その間ずっと、特に最初の1年間は、めちゃくちゃたくさんのコンペに応募していました。何かで結果を残さなければ終わる、という思いでした。

市川晴華

―広告賞について、どのような印象をお持ちでしたか?

クライアントさんのお仕事とは異なり、自分で好きなお題を選べるのが最高に楽しいと思います。こちらに選択権があって自由に好きなことを考えていいという場が、すごくありがたかったですね。やりたい仕事にたどり着けていなくても、参加できる広告コンペが山ほどあって「本当になんてすごい業界なんだ!」と感じます。
あとは、年齢が関係なくなるというのも広告賞のすごくいいところだと思っています。キャリア関係なくフラットにアイディアの勝負ができるんですよね。ジャイアントキリングというか、先輩に勝てるかもしれない、みたいな純粋な勝負の場であって、ゲームとしてすごく楽しいんじゃないかなと思います。

―広告賞に挑戦することには、どのような意義があると感じますか?

まずは、純粋に「企画すること」を楽しめる場であるということ。広告賞を通して、自分はこういう企画が好きなんだな、こういうものを作り出したいんだな、など思考を整理することができ、やりたい仕事を自分の中で明確にすることができると感じています。
2つ目は、もしかしたらビッグチャンスがあるかもしれない、ということ。入賞したら社内の注目を集めて仕事につながるかもしれないし、社外の方から新しいお声がけがあるかもしれない。実際にクライアントワークにつながることもあります。例えば、協賛企業賞を受賞した方が授賞式でその企業とつながって広告を運用することになるなど、実際に広告として起用されるチャンスも最近は増えているなという印象です。

ほとんど未開の広告枠、デジタルサイネージの可能性と拡張性に期待

 2023年度に新設されたデジタルサイネージ部門。媒体としての新しさや、動画作成が必須という難易度の高さのためか、他の2部門に比べ、過去2年の応募作品数は多いとはいえない現状にある。2024年度の集計では、1800件以上の応募のうちデジタルサイネージ部門への応募は4%ほどにとどまった。2年間審査員を務めてきた市川氏に、デジタルサイネージ部門の印象や期待することを伺った。

―デジタルサイネージ部門の審査員を依頼されたとき、どう思いましたか?

嬉しかったです! 私、すごく必然性が好きなんですね。企画を立てるときに、なぜこの企業なのか、この媒体である必要性は何か、というのをすごく考えて仕事するのが好きなんです。アロンアルフアの15秒尺のテレビCMでは、「たった5秒で接着できる」という特長を伝えるために、壊れたものを5秒で直して残り10秒はまったく関係のないことをする、というCMを企画しました。テレビCMという媒体の特性を生かしてテレビCMだからこそできる表現に近づけた企画でした。

審査員のオファーをいただく前年には、イエローハットさんの「全国交通にゃん全運動」のデジタルサイネージで、画面上に突然ネコが出てくる広告を制作したんですね。ネコは急に飛び出してくるから気をつけて、ということを伝えたい広告だったんですが、町なかでよく見かけるネコが町なかにあるサイネージに実寸大で現れるので、一見本物のように見えてハッとさせることができるかも、という意図で制作しました。反響もたくさんいただいて媒体の特性をうまく生かすことができたと感じ、デジタルサイネージっておもしろいなと思ったんですね。
審査員のオファーをいただいたときは、そういった必然性のある広告がこれからも作れそうな夢の枠だと感じましたし、ルールや制限がある中でのバトルみたいなものを見たいなと思いました。

―MACAの印象はいかがでしたか?

普段はあまり審査員を務めないようなレジェンドといわれている方もいれば、同じ世代の方もいて、環境としてよさそうだなと感じました。引いた視点から業界を見ている方と今現場でやっている方、両方いる審査会っていい場だなと思っています。審査員のオファーが来て過去の受賞作を拝見したときには、課題がシンプルで自由度が高いので、みんな無邪気に楽しんでいるアワードだなという印象を受けました。
媒体に特化しているのも特徴的ですね。中づり広告やデジタルサイネージは独特のサイズ展開なので、『その媒体だからこその表現や企画』を考えるアワードなんだと思いました。

―審査員を務められて3年目になりますが、デジタルサイネージに対する印象はいかがですか?

デジタルサイネージは最近活性化してきた広告枠なんですけど、特にデジタルサイネージ部門で扱っている柱型の縦型媒体というのは、かなり新しいんですよね。使い方としての正解や、これがベストだよね、という解答がまだ見つかっていない媒体だと思います。例えば新聞広告のコンペだったら、まず憧れの広告があって、そういうものを作りたいという目標設定をすると思うんですけど、デジタルサイネージ部門についてはまだ優勝がないというか、代表的な名作みたいなものがそんなに見つかっておらず、広告業界の全員が手探りの状態というすごく珍しい媒体だと思っています。もう一人の審査員である藤井 亮さんとも、私たち自身もデジタルサイネージのいい企画を作っていかなきゃいけないし、作ることでこの枠に憧れる人が増えてデジタルサイネージ部門が盛り上がったらいいよね、と話しています。

市川晴華

―まだ型ができていない分、可能性や拡張性が期待されている媒体ですよね。

無音という媒体特性や、結構大きな縦型で並列に何本も掲出できるという特性など、他の媒体ではできないような空間の使い方が可能だと思うし、そういう特性をうまく使っていけたら新しい発明が生まれそうだなと思っています。
デジタルサイネージ部門の作品の傾向として、サイネージとしての新しさや媒体のおもしろさを生かした作品が多いんですね。でも広告として見たときに、オリエンに対する答えとしてアイディアやおもしろさがあるのか、ということも重要なんです。そこの兼ね合わせが難しくもおもしろい部分だなと思います。今後、MACAのデジタルサイネージ部門から出てきた作品が超画期的で業界激震! みたいなことがあり得るので、応募者の方にはそういうものを生んで欲しいなとすごく思いますね。

―過去2年の受賞作品の中で、特に印象に残っている作品はありますか?

やはり、2024年度の準グランプリの「実際に体感する『ともに、生きる。江戸川区』」ですね。あれは本当に媒体の使い方に驚きました。まず、掲出されている広告に触れる、という解釈が新しいですよね。「タッチして」という投げかけ自体がデジタルサイネージだからこそできることですし、発見がある企画だなと思いました。あと、あり得ないくらいの速さでタッチする対象が変わっていったり背景も横にスクロールされていたり、まったくロジックを持たないんですけど、そこがおもしろい作品でした。視界の端にパッと入っただけで「なんだろう?」と目を留めてしまうというか、動きがすごいのでつい本能的に向いてしまうというか。町に掲出されるものならではの特性をうまく生かしていると思います。広告としての美しさは置いておいて(笑)、実はいろんな技巧が詰まっているのではないかなと思ったので、そういった作品がたくさん出てきたらいいなと思います。

―他に印象に残った作品があれば教えてください。

2023年度の作品から挙げると、藤井さんが審査員特別賞に選んだ「勉学の神様シマフクロウはあなたを見守ります」です。ただフクロウがそこにいて、たまに企業ロゴが挟まれるだけなんですが「なんの広告だろう」とつい見てしまうし、広告としての嫌な感じがないのがすごくいいなと思いました。制作者は北海道の70代の方で、贈賞式後にお会いしたんですが、使った素材は自分で撮影したフクロウだとおっしゃっていて。めちゃくちゃそれに感動したんですよね。70代で広告業界でもない方が入賞されるというのも本当に夢があるなって。開かれていて平等で、企画さえよければ評価される。公募賞のいいところが出た出来事だったなと思います。

媒体の使い方として本当に驚いたと市川さんが語るのは、2024年度デジタルサイネージ部門準グランプリに輝いた、「実際に体感する『ともに、生きる。江戸川区』」(受賞者:北嶋 一樹(フリーランス)/左)。そして、MACAがまさに誰にでも開けたアワードであることを示した、2023年審査員特別賞・「勉学の神様シマフクロウはあなたを見守ります」(受賞者:本谷 英一(sps本谷英一)/右)。

動画を作るのが苦手でも、入賞のチャンスは大いにある

 2025年度、MACAの審査体制が刷新される。賞構成に「コンセプト・クラフト賞」が加わり、発想のユニークさやクリエイティブの細部など、一部分が優れた作品を評価できるようになった。デジタルサイネージ部門においても、企画力に自信がある人、動画制作が得意な人など、より多くの人に門戸が開かれることになる。

―2025年度の応募作品にどのような期待をしていますか?

デジタルサイネージ部門については、既存の広告や作品をもっと飛び越えてきてもらえるとすごく嬉しいなという印象があります。毎年すごく楽しみにしているんですが、過去2年間のグランプリは、満場一致でこれだねって決まったんですよね。それって、グランプリ格にふさわしい応募がまだまだ少ないということなのかなと思っています。例えば、去年の審査員特別賞を受賞した「お財布ガン見男」は企画が最高で、クラフトをもうちょっと頑張れたらもっと上に行けたはずなんですよ。サイネージとしてのおもしろさとオリエンに対する答えとしての発見や新しさ、それを表現するクラフト力などを両立するのはすごく難しいんだなというのが毎年の印象としてあります。でも、今年はコンセプト・クラフト賞という新しい賞もできたので、『クラフトが追いつかないから応募しない』というのはなしで、企画さえおもしろければ何とかなるという気持ちで気軽に応募いただいた方が、実績を残せる可能性が広がっていいんじゃないかなと思います。

特に広告企画としての良さを評価されたのは、見た人に大きなインパクトを与える、2024年度審査員特別賞・「お財布ガン見男」(受賞者:泉 聡一朗(株式会社ADKマーケティング・ソリューションズ)/ 共同制作者:浅尾 澪音(フリー)

―今後、市川さんご自身が挑戦したいことは何ですか?

昔からある媒体が一周回ってすごくおもしろいんじゃないかという思いがあって、今はテレビCMの15秒をもっと作りたいなと思っています。原点として、テレビを観ていてたまたま流れたCMがおもしろいってすごく大事なことなんじゃないかと考えていて。広告業界の王道であり、そこに夢を持ちたい媒体だったりするので、そこでもう少し実績を作りたいなと思っています。広告業界以外では、キャラクター企画のお仕事も最近やっているので、そちらも続けていきたいです。業界以外のことにチャレンジをすることで、広告業界を俯瞰できるようになったらいいなと思っています。

―最後に、MACAへの応募を検討している方へのメッセージをお願いします。

まず、もしかしたら入賞して実績を載せられるようになるかもしれないという、楽しい上に仕事に繋がるチャンスまであるのが広告賞です。いいことしかないって思います。クラフト力がないから応募しない、動画が作れないから応募しない、というのは一回やめて、おもしろいなと思えるものがあったらクオリティーは考えずに応募してみてほしいです。私も藤井さんも、企画がおもしろいものを入賞させたいという気持ちがあるので、クラフト力がなくても入賞する可能性は大いにあります! 反対に、とにかくクラフトが優れている作品をコンセプト・クラフト賞として選ぶこともできるので、そこを得意とする方にとってもチャンスが広がると思っています。なんでもフラットに応募してみていただけると嬉しいです。

市川晴華

 表現の可能性をどこまでも追求しつづける市川さん。多種多様な情報発信が行われている今日においては、着眼点や発想のユニークさが入賞へとつながることも。企画面、クラフト面を評価する新たな賞も加わり、より多くの人に向かって開かれたMetro Ad Creative Award2025。市川さんをはじめ、審査員を務めるクリエイターたちも新しい作品との出会いを心から楽しみにしている。