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2019.12.13
審査員が語る+1 POINT
木村 健太郎 氏「広告というのは、そのメディアや空間を使う人の目的に沿ったものであるべきだ」
僕の審査のポイントは、地下通路という空間を利用客にとってどう素敵にできるか、そして、それによってそのブランドをどう好きになってもらえるか、のふたつです。
アウトドア広告は生活環境の一部分。新宿駅地下通路は多くの人が使う公共空間です。だからプロモーションのために、利用する人にちょっとでも不快な思いや余計な負担をさせたら、ブランドにとってマイナスになりますよね。でも、例え退屈な地下通路に、全力疾走して買う自動販売機があったり、髪の毛を使った理科の実験コーナーがあったり、一瞬考えさせる美術館があったら、駅がちょっとだけ楽しくなりますよね。そしてそれをやったり見たりすると自然にそのブランドを好きになったり話題にしたくなったりするしくみがある。
強くて効果的なアウトドア広告の作り方(1)
いいアウトドア広告とはどのようなものなのでしょうか。強くて効果的なアウトドア広告のクリエイティブはどのように発想すれば良いのでしょうか。今回は2回に分けて非常にベーシックなことを書いてみようと思います。
まず、アウトドア広告の強みとはなんでしょうか?テレビ広告やデジタル広告と比べてみましょう。
一般的には、テレビ広告の強みとは多くの人に届けられるという点ではリーチ(到達)ですよね。デジタル広告には同じスクリーンで商品サイトにクリックできるという点でコンバージョン(送客)という強みがあります。
でも、アウトドア広告は、PRをからめたり、スマホと連動しない限り、それ自体はリーチにもコンバージョンにもあまり強くありません。
アウトドア広告ならではの強みは、「レレバンシー」です。レレバンシーとは、関連性、親和性という意味。ひとことでいうと、ブランドやクリエイティブとスペース特性との相性です。
例えば、英会話教室にとってレレバンシーが高い広告とはどんなものでしょうか。それは、英語がもっとしゃべれたらなあと思った瞬間、たとえは海外から帰国した直後に通る国際空港の帰国ゲートに「今度こそ始めよう、英会話。」と書いてあったらなんだかやる気になりますよね。このような、ブランドについての意識や気分が盛り上がる瞬間のことを僕は、ブランドと生活者の「トキメキの瞬間」と呼んでいます。
トキメキの瞬間の見つけ方には、「購入欲求」、「使用実感」、「商品形状」、「ターゲット属性」などのアプローチがあります。今度は、カップ麺のトキメキの瞬間を例にアウトドア広告の発想の仕方を考えてみましょう。
ひとつ目は、「購入欲求」でトキめかせるという発想。その商品を買いたいという欲求が高まる瞬間を捉えるというアプローチです。カップ麺の場合は、お腹が空いた瞬間をメディア化したりクリエイティブ化したりという考え方。さっきの空港の帰国ゲートに英会話の広告をというのもこの考え方ですね。
ふたつ目が、「使用実感」からの発想。カップ麺を作ったり食べたりするときの感覚を想起させたり体験をさせたりするタッチポイントやクリエイティブ。3分待つという体験を企画にする考え方とか、カップ麺の匂いを出すアウトドア広告、とかがこれにあたります。
みっつ目は、「商品形状」からの発想。商品特徴の視覚的な類似性によるアプローチです。例えば、銭湯の煙突にカップをつけて煙を湯気に見立てる広告を開発したり、麺をすするシズルを噴水で表現したり、といった企画ですね。
そして最後は、「ターゲット属性」からの発想。主要なユーザーの行動導線を捉える効果的な方法を探すアプローチです。例えばカップ麺の消費量の多い中高生の帰り道を狙い撃ちしようといったアプローチになります。
冒頭に述べたようにアウトドア広告というのは、PRやSNS施策と連動させることによってリーチを高めたり、スマホと連動してコンバージョンを高めたりすることができます。ただし、その前に、まずレレバンシーがないと、単なるにぎやかしや、ユーザー側には何の必然性もない押し付けのノイズ広告になってしまうのです。
強くて効果的なアウトドア広告の作り方(2)
アウトドア広告の強みであるレレバンシーと、トキメキの瞬間を発想するための4つの方法論をお話ししました。いいアウトドア広告の条件とはブランドとスペースのレレバンシーが高いということです。しかし、実はもうひとつ、いいアウトドア広告を作るために大切な条件があると思っています。それは、「空間のバリューアップ」です。
アウトドア広告が掲出される場所は、たいてい公共の空間です。それが交通機関の構内や車内であっても、街の道路や広場であっても、多くの人が使うみんなの生活環境なわけです。広告であることに気づかせずにさりげなくアプローチするアウトドア広告のことを「アンビエント広告」と言いますが、アンビエントとは「環境」という意味なのです。
美しい景色の写真に広告看板が写り込んじゃったら頭にきますよね。美しい街並みに派手なラッピングバスが走っていたらなんだか残念な気持ちになりますよね。こういうことを阻止するために、ブラジルのサンパウロ市では、街の美観を損ねない目的で、アウトドア広告を厳しく禁止する条例が施行されています。
日本にはそのような厳しい規制はありませんが、商品やサービスのプロモーションのために、街の景観を少しでも悪くしてしまったり、利用する人にちょっとでも不快な思いや余計な負担をさせてしまったりしたら、実はその広告はブランドにとってマイナスになりうるのです。これは無意識的な影響なので、広告する側にとってはついつい見過ごしがちなポイントなんですが、いくら関心や欲求が高まるトキメキの瞬間を捉えたとしても、その広告のせいで空間の価値をダウンさせてしまったら、そのブランドに嫌悪感を覚えてしまうことがあるのです。
逆に、アウトドア広告によってその空間がちょっと素敵になったらどうでしょう?例えば退屈で殺風景な駅の地下通路が、楽しいエンタメ空間になっていたり、役に立つ情報空間になっていたり、アート空間になっていたら、嬉しい気分になりますよね。さらにそこにちょっと参加したり体験したりする仕組みがあれば、自然にそのブランドのことが好きになったり、そのブランドのことを人に教えてあげたくなったりしますよね。その空間を素敵にするアウトドア広告。これが「空間のバリューアップ」といういいアウトドア広告のふたつめの条件です。
自分がこのことを痛感したのは、10数年前に、スキー場のスキーリフトを使った肉まんのアウトドア広告を開発した時でした。肉まんが食べたくなるトキメキの瞬間は何だろう?それは「寒い時」であり、「お腹が空いた時」であり「やることがなくて手持ち無沙汰な時」だろう。その3つの条件を全て叶える場所はどこだろう?と考えてスキーリフトに思い当たりました。スキー場でリフトに乗ってる時間は、寒いし、お腹が空いてるし、手持ち無沙汰ですよね。さらに頂上に着くまでには、何十もの、人が乗っていない下りのリフトにすれ違う。そこで、その背もたれに「外はホカホカ」「中はジューシー」「チーズもピザもあるよ」「諸葛孔明が発明した」「29男」といったヒントを書いて、降りる直前の最後のポールに「答えは肉まん」と表示したのです。
肉まんとスキーリフトのレレバンシーは抜群に高く、事実、このスキー場の売店では、肉まんがバカ売れしました。一度答えが肉まんだとわかってしまったら、リフトが頂上に着くまで食べたくて仕方なくなるというのが人間に心理だからです。 しかし、同時に、自分も学生時代からスキーをやっていたので、ひとりのスキー好きな生活者としては、「愛するスキー場を商品を売るための広告で汚してしまっていいのだろうか」というちょっとした罪悪感のような迷いがありました。
このモヤモヤが吹っ飛んだのは、実際に広告が掲載され、現地でそのリフトに乗ったときに、偶然隣に乗った女性インストラクターに言われたこの一言でした。 「この肉まんクイズ、小さな子供達に大人気なんですよ。なかなかしゃべってくれない引っ込み思案な子供とも、この肉まんクイズで盛り上がるんです。コミュニケーションツールとしてとっても役に立ってます。」 この一言がすごく嬉しかったのと同時に、アウトドア広告というのは、「空間のバリューアップ」が大事なんだなということを痛感したのを覚えています。
広告は愛されたり、嫌われたりします。人々がテレビを見る目的は、欲しい情報を知ったり、好奇心を満たしたり、笑ったり泣いたりするためですよね。テレビCMも、そういうことをもたらしてくれるものは愛される。広告というのは、そのメディアや空間を使う人の目的に沿ったものであるべきだと思います。その意味で、「レレバンシー」と「空間のバリューアップ」は、いいアウトドア広告を作るためのふたつの条件なのです。